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こちらの近くにかの有名な紫式部が源氏物語を執筆したと言う、石山寺が徒歩20分車なら5分のところにあります。今もまだ紅葉が綺麗です。いいところで育ったなーと、今日瀬田川を 横目で見ながら事務所に帰ってきました。 なんと言っても、琵琶湖がど真ん中にド〜ンとある県ですから東側から西側のお客さんを 梯子して回ると、橋(琵琶湖大橋と大江大橋)のどちらかを通ることになり 更に下に下ると 洗い堰という琵琶湖の水がいっきに集まってくる、水門があります。ここから今まで瀬田川と 呼ばれていた川は宇治川や淀川水系に変わって、京都の南部に広がって行くこととなります。 近畿の水がめと言われるゆえんです。 私はここで育ちましたが、学生時代と、会社員の時代の大半を京都で活動していましたので いずれは京都に住むものと思っていましたが、クリエーター時代に滋賀に帰る事に成りました しかし、その後3年ほど大阪 高槻市の駅前でオリジナルのファブリック オーダーショップを やれる機会があり、随分多くの人々に、親しまれ、育てられました。 やがて、又この滋賀に戻り、木に関わった仕事に戻りました。 最初に帰った時は、LOFTのようなインテリア雑貨や輸入家具、カーテン類を扱う大型店舗を 開設しましたが6年程で、本当のLOFTが進出してくることになったので、この店の役割はまもなく 終わるだろうと感じて、やり掛けていた、オーダーファブリックの店をやりたくて、大阪に出ました そこで、色々な布を使った、物作りをし、多くのファンが出来ました。そのままでヨカッタのかも しれませんが、ある時、大きな会社の社長さんが奥様のお供で、来店され、色々ご覧になっておられて、この展示棚や什器は、君が作ったのか?ときかれました、関心されただけでなく、私に対して 君は、布で何か作るより、このような仕事をしたほうがいいよ・・・・と 諭すように言われたのです。 それから、その言葉がみようにひっ掛かりながら、1年が過ぎました。 またあのご夫婦が来店され、奥様の注文品を取りに来られた時、そろそろ、新しい事を始めなさい。 と又 私にはっきりと仰ったのです。・・・・・・・それから3ヶ月後私は全てを処分販売し、多くの ファンのお客様全てにはがきで閉店のお知らせを送り。滋賀に戻りました。 滋賀に戻ってすぐ、私は約9年ぶりに、家具をデザインするという、大昔の仕事を、いずれここで 再び始めようと考えたのです。それから6年ぐらいは今のガーデンの仕事とガーデンの中に木製品を取り込むガーデンアレンジの構築に飲み込まれながら、家具作りを開始しました。 最初の家具はガーデンベンチだった気がします。それまで、設計、とデザインが仕事でたまに サンプル家具を自作する以外、自ら家具を作る事がなかったので、プロとしてお金を貰うために 家具を作る、意識はトボシカッタのかもしれません。京大総長の椅子を設計しても、それを 作るのわ、プロの家具職人ですから。自分はそんな机上の家具製作ばかりネクタイを締めて 行ってきたのです。だから注文を受けて、戸惑いながら作ったガーデンベンチが、私の一作と 言うわけです。 私の仕事がどのガーデナーよりユニークで突拍子もないのわ、そして家具作りに型をはめないのわ 多くの経歴のなせる業かも・・・・・・。家具作りはライフワークだと考えています。 これからも、何か面白いものが私を動かすことになっても。家具は作っているでしょうね。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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読ませていただきました。 |
宮さん 2005/12/02 08:48 |
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